実家に帰ってきて幸せ貯金がストップした。

こんにちは。あずきラテです。

今日は幸せ貯金がストップした話を書こうと思います。

皆さんは幸せ貯金って知ってますか?

その日に感じた幸せを、些細なことでもいいので紙に書いて瓶に詰めていくのです。幸せを貯金していくわけですね。この貯金の一番のメリットは、日常に溢れている小さな幸せに気づくことができるようになること。

幸せとは、あるかないかではなく、感じるか感じないかで決まるのです。

自分が幸せと感じれば幸せということですね。

そんなことはわかってるんです。でも、人は当たりまえということのありがたみに気が付かず、なかなか幸せを感じることができません。当たり前というのは当たり前が故に意識することではないですからね。普通は普通でない、常識は常識ではない。世の中の面白いところです。

さて、私は半年前に実家に帰ってきました。それまでは6年間一人暮らしを謳歌し、人を気にすることなく自由に暮らしてきたわけです。約一年前に幸せ貯金のことを知ってから、日々の小さな幸せをつづって大きな瓶に詰めていきました。

半年間でおよそ3分の1くらい貯まったでしょうか。内容は本当に些細なことです。今日の夕焼けがきれいだったとか、おばあちゃんに感謝されたとか、気になるあの人と話せたとか。

どこかの建物のデザインが美しかったとか、夏のにおいを感じたとか、ご飯がおいしくできたとか。はたまた、小さい子供を見ていて幸せな気持ちになったとか、おじいちゃんとおばあちゃんが手をつないでいて微笑ましかったとか。

今この記事を書いていて、当時の情景が思い浮かんで微笑んでしまいました。どん底もどん底のクソほどネガティブな今の私でさえ、当時を思い出して少し、幸せな気持ちです。誰かに幸せをおすそ分けしてもらった感じですかね?おすそ分けしてくれたのは過去の自分ですが。幸せ貯金にはこういうメリットもありますね。

で、本題に戻りますと、半年前に実家に帰ってきて、幸せを感じることが極端に減りました。些細なことさえ感じなくなりました。言うなれば、感受性が豊かではなくなった気がします。幸せどころか、怒りや、悲しみ、喜びなどの他の感情も感じることが減ってきました。

生活には余裕ができたはずなのに、なぜでしょうか。家に人がいるというストレスはあるでしょう。でも一人暮らし時代にストレスを感じていなかったかといえば、全くそうではありません。

家庭に話し相手ができたことによって、そこにすべてを吐き出すようになりました。口を開けば愚痴が出るようになりました。実家に帰ってきたことによって、すべてがマイナスの感情になりました。一人で暮らしていたころの心穏やかポジティブな私がどこかに行ってしまいました。

おそらく、潜在的に人の目を気にして生きている私は、何をするにも親の目があるというのがストレスなのでしょうね。家の人の愚痴も聞かなければならない、みんながみんな穏やかではない、自分でもわかるくらい嫌な人間になっています。戻りたい。取り戻したい。あの頃の自分。家を出るのが解決策ですが、そういうわけにもいかないのです。

こういう時のための幸せ貯金だと思うのですが、幸せに感じることさえできなくなりました。いい年して何かを好きになることができなくなりました。人もそう。どんどんつまらない人間になっていきます。

自分でどうにかするしかないのだけれど、どうすることもできない今。ただただ、同じような境遇の人がいればと、この記事を書いているわけです。

前向きな時には全然気にならないのに。

今のわたし、はやく死んじまえ。ヘッ!

まあとにかく何が言いたかったかというと、

幸せを感じられない若者は、いったん知らない街に行って一人暮らししてみろってこと!今の生活にマンネリ感じているなら、一年くらい違う環境に身を置いてみてください。別に一人暮らしに限らなくても、留学でホームステイでも、田舎で民宿でも、都会でホテル暮らしでも、何でもいい。

人生って何も行動しなければほんとにつまらないから、行動してみて。決して今の私みたいになるんじゃないですよ。

そこで規則正しく生活をして、日々何とか過ごしていれば、小さな幸せに気づきやすくなると思います。で、親のありがたみが痛いほどわかりますよ。身に染みる。

私もまた、頑張ろ。

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